沢木耕太郎に憧れて…PC.スマホのない旅①鴨が葱を背負ってやって来るパダンべザール

f:id:superhero999:20200406174055j:plain今ではマレーシアのペナン島からタイの南部パダンべザールまでは鉄道などで容易に移動出来るが、10数年前の私はスマホは勿論の事パソコンの類いも持ち併せず、現地の本屋で買った地図を頼りに旅をしていた。
ペナン島の対岸のバタワースバスステーションからはマレー半島各地、タイ南部の商業都市ハジャイまでも頻繁にバスが出ている。
パダンべザールからタイへ入国したいと考えてた私は先ずはカンガーを目指す事とした。地図で確認したところパダンべザールとカンガーへは国道7号線で繋がっており頻繁にバスの往来があるだろうと考えたからだ。
私がカンガーの街に到着したのは周りが薄暗くなりアザーンが聞こえる時間帯だった。
バスの乗客はみなここで降り、その場に残されたのは私ひとりだった。
近くにいた人に、ここからパダンべザールまでのバスはあるかと聞くと「ない」との返事だった。
周りを見廻しても宿の類も見かけない。
何か急に心細くなった私は、ここまでのバス代の数倍するタクシー代を支払うことでパダンべザールを目指すこととした。
想像よりもかなりの時間が掛かって到着したそこは、真っ暗で舗装のされていない鉄条網で囲まれた場所だった。
その当時の私はそこがどこなのかも全く解っていなかった。
運転手は「チェンジ タクシー」と私に告げ前方の暗がりに屯している男たちを指差した。
その中のひとりの男が歩み寄って来た。
運転手と短い会話を交わしたその男は私を自分の車の助手席に乗るように促した。
車に乗り直ぐにマレーシア側の出国ゲートに到着した。マレーシアの出国審査は、私は車に乗ったままパスポートを差し出すだけで呆気なく終わった。
タイ側の入国審査では数リンギット手数料が必要だと運転手の男は言った。後で分かったことだがそれは入国カードの代書代であった。
タイ側の入国審査もスムーズに終わり運転手の男は今夜はどこに泊まるのかと私に尋ねてきた。
私は特に決まってないと答えた。
すると男は、心配ない。良いホテルを紹介やるからと私に言った。
ボーダーを出て左折ししばらく走り踏切を越えガソリンスタンドの手前を左折すると立派な佇まいのホテルが見えて来た。男はこの辺りで1番のホテルだと私に一瞥しながら言った。
私は見るからに高そうなホテルには興味が無かった。正確に言うと興味が無い訳ではなく沢木耕太郎深夜特急に出てくる様なバックパッカーには相応しく無い宿だと思ったからだ。
私は他に手頃なホテルは無いのか?と男に尋ねた。
男はまたしても、心配ない。良いロケーションのホテルがある。と自信たっぷりに答えた。
しばらくするとポッんポッんとピンクや紫のネオンが妖しく光る通りに車は入って行った。
ぼんやりと車窓からその光景を眺めていると男は私に尋ねた。
レディブンブン?ビア?
私が必要ないと答えると男は薄笑いを浮かべて左側を指差しここがホテルだと言った。
なるほど確かに夜遊びに申し分のないある意味ローケーションの良いホテルだ。
これも後から分かった事だが、パダンべザールではホテルや商店での支払いはマレーシアリンギットでもタイバーツのどちらでも可能だった。
無事そのホテルにチェックインし終え、部屋で一服していると、激しくドアを叩く音がした。
チェーンをしたまま恐る恐るドアを開けるとあの運転手の男と見知らぬ女が愛想笑いを浮かべて立っていた。
男は親指で女を指差しながらマッサー!グッドサービス!と言った。
いやいや何度言われても要らないものは要らない。
疲れていた私は少し強い口調で断った。
すると男は私にそれなら明日はどこに行く?と聞いてきた。
私はハジャイに行くと答えた。
男はここからハジャイまでのバスは無い。自分の車でハジャイまで送ってやるからと言い残しようやく帰って行った。