沢木耕太郎に憧れて…PC.スマホのない旅②パダンべザール

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ハジャイ行きのバスの乗り場を教えてくれたピンクレンジャー

私は翌日夜も覚めやらぬ早朝に街に出た。
朝食を取る為だけではなく
ハジャイまでのバス乗り場を探す為だ。
あの男が訪ねて来る前にこの街を出たかった。
無用なトラブルを避ける為だ。
あの男から見れば私はカモに違いなかった。
土地勘もなく言葉も分からない無知な旅行者。

早朝のパダンの街はとても静かだった。
逆に静か過ぎてバス乗り場を探すのには不向きだった。
どこの街でも、バス乗り場や旅行会社の付近には大きな荷物を抱えた人が屯していると…私の浅い旅行経験則からそう思い込んでいたからだ。

とりあえず誰かに聞こう。
そう思った私はパダンの目抜き通りだとおぼしき通り出た。
早朝から開いている店は少なかった。
ここパダンはバックパッカー初心者には敷居の高い地元民向け食堂だけだ。
お馴染みのKFCやマクドナルド等は全くない。
出来るだけ敷居の低そうだと思われる店を探す。
すると頭から布をすっぽり被ったマレー系の女性が手際良く仕込みをしている1軒の食堂が目に入った。
ここにしよう。
食べたい物を売っている店に入るのではない。
一見すると敷居の低そうな店に入るのだ。
大勢の地元民で賑わう店ではなく空席の多い店だ。
この条件に見合うその店で、私は身振り手振りで注文ついでにバス乗り場の場所を聞いた。
彼女は店の左方向を親指で指差しながらsanaサナと発した。 
朝食を味わうとは程遠いスピードでクィティオをかき込むと支払いと礼を言って私は店を出た。

彼女が指を指した方向を目指して歩く。
行き着いた先はマレーシアとタイを隔てる鉄条網のある場所だった。
コンクリートで出来た屋根付きのベンチが視界に入った。
恐らくここがバス停なのだろう。
そう思った私は、そのバス停だとおぼしき場所を確認し終えるとすぐさまホテルに戻りチェックアウトを済ませた。
あの男が訪ねて来る前にこの街を出なければ…
そう思うと10キロ近くあるバックパックも重く感じられなかった。

そのバス停だとおぼしき場所に戻った私はスーリヤ(インドネシアの煙草)に火を付けて一服しながら待つ事にした。
だが何かおかしい…誰も集まって来る様子がない。
二本目のスーリヤに火をつけようとした時に一台のベンツが近付いてきた。
私が座っているベンチの近くに停車したベンツは日本では滅多に見る事のないクラッシックカーだった。
運転席にはピンク色のポロシャツを着た肌の浅黒い男。
彼は私に向かって真っ白な歯を見せながらスラマッパギと発した。
すでに浅黒く日焼けしていた私は彼の目からは中華系マレー人に見えたのだろうか…
それならそれでいい。
その時の私はバスの発着場所を彼に聞く事の方が先だった。
拙い英語で私は彼にバスはいつ来るのかと聞いた。
すると彼はここにはハジャイ行のバスは来ない。向こうだ。と彼が親指を指した向こうに、偶然にも赤い古めかしい車体が目に飛び込んできた。
のろのろと乗客を拾いながら走るその赤いバスは猛ダッシュすれば何とか追い付けるだろうと思われるほどの徐行運転だった。
私はベンツのドライバーに礼を言って猛ダッシュでその赤いバスを追いかけた。
追い掛けながら右手を大きく何度も振った。
その赤いバスのドライバーはバックミラー越しに私を確認してくれたのだろう。
ハジャイへ向かう大通りに出る手前で私を待っていてくれた。